05



「なんで、男装なんか・・・?趣味?」
2人は女子トイレの個室で着替えていた。
「綺麗な人が好きなんです。枝里ちゃんの友達たくさんくるって言ってたから、
 男装すれば美女とおしゃべりできるかなと思って。実際、一番しゃべったのは
 美男子とでしたけどね。あ、ズボン投げますよ」
私たちは服を上から投げ合いながら、話していた。
「ああ。なかなか大胆な発想だな。じゃあ、悪いことしたか」
「そんなことないです。圭介さん十分綺麗ですから、話せて嬉しかったですよ」
「そっか」
彼の声はほっとしたような声だった。

私は借りた物の中に気になる物を発見した。
「ウィッグもつけてみてもいいですか?」
私は興味津々で聞いてみた。
それが彼にも伝わったのか小さく笑って答えた。
「いいよ。なんか楽しんでないか?」
「こういうのつけるの初めてなんですもん」
私はうきうき気分でウィッグを頭に乗せた。
そして、ワンピースのファスナーと格闘を始めることに。
先に着替え終わったのは圭介さんの方だった。
「先出て、化粧落としてるな」
「はーい。そこに置いときましたから」
「ああ」

体の硬い私はファスナーを閉めるのに時間がかかってしまった。
やっと終わり、個室から出ると、圭介さんも化粧を落とし終わったようで顔を拭
いているところだった。
「お待たせしました」
私が声を掛けると彼がこっちを見た。
化粧を落としても、彼の美しい顔は変わらなかった。
しかし、その顔は男に戻っていた。
私には大きすぎた父の礼服も、彼にはぴったりだ。
私は思わず見惚れてしまった。
こんな綺麗な男の人は見たことがない。
ふと彼も同様に私を見ているのに気がついた。
「やっぱり、変・・・ですよね?」
彼が詰めていたくらいの胸もない。
足も彼に比べれば短い。
こんな素敵なワンピースは私には似合わないだろう。
私は自嘲気味に聞いた。
そこで、彼は我に返ったように瞬きをした。
「いや、すごい似合うからびっくりした」
お世辞だろうと分かってはいるが、言われるとやはり嬉しかった。
「ありがとうございます。圭介さんも格好いいですよ」
私は照れながらも笑ってそう言った。
すると、彼は表情を固めた。
何か変なこといったかな?
私は慌てて話を変えることにした。
「そういえば、誘いたい女の子ってどの人ですか?」
私がそう尋ねると、彼は顔を緩めた。
そして、突然顔を近づけてきた。

私は反射的に後ずさろうとしたが、彼の手がしっかりと私の腕を掴んでいた。
驚きの余り、声も出なかった。
整った顔がだんだんとアップになっていく。
その光景がスローモーションのように見えた。
目の前が暗くなって、唇に何かやわらかいものが触れた。
ほんの少しアルコールの匂いがした。
ワインかな。
頭の片隅でそんなことを考えていた。
数秒の出来事だった。
私は彼が顔を離した後も、何が起きたのかすぐには理解できなかった。

キスされた・・・?

そう認識してもまだ私は混乱したままだ。
どうして?
「誘いたいのは君のことだよ」
頭の整理がまだできていない私に向って、彼はふっと笑って言った。

今何と?
君って?
わ、私?

彼の言葉に私の頭はますますこんがらがっていった。
 








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