07
「へ〜、枝里はいい先生だったわけだな」
「はっ、はい・・・」
私は顔を引きつらせ、歯切れの悪い返事をした。
あの後、圭介さんに連れてこられたのは、見るからに高級そうなフランス料理店だった。
中からウェイターらしき人が出てきて、彼に頭を下げた。
「いらっしゃいませ、神崎様」
どうやら彼はよくこの店に来るらしい。
案内されたテーブルに着くと、ウェイターさんが椅子を引いてくれた。
私はどぎまぎしながらも、お礼を言って、その椅子に腰かけた。
彼も私の向かい側に座ると、メニューを見始めた。
私も彼にならって、目の前にあるメニューを開いてみた。
うっ。
そこには手書きのフランス語と日本語。
読める・・・が、どんな料理なのか想像できない。
そして、一番気になったのは値段が書かれていないこと。
「あ、あの。私、お金あまり持ってきてないんですけど」
慌てて小声で言うと、彼は笑った。
「当然、御馳走するよ。俺が誘ったんだから当たり前だろ?遠慮なく好きなもの選んで」
そういうものなの?
男性に食事を奢ってもらうという習慣のない私は戸惑った。
かといって、ここで帰るわけにもいかない。
「じゃあ、圭介さんと同じものを」
私は最終的に一番無難と思われる言葉を選んだ。
そして今、彼が選んでくれた料理を食べながら、枝里ちゃんの話をしていた。
先ほどから、話をしているのはほとんど圭介さん。
私はというと緊張と戸惑いから、彼の問いに答えているだけだった。
「ここの料理、口に合わなかった?」
「そ、そそ、そんなことないです!すごくおいしいです」
私の受け答えはかなり変だった。
「それはよかった」
でも、彼はそう言って、やさしく笑ってくれた。
やっぱ、綺麗だなぁ。
しみじみとそんなことを考えていると、いつの間にか環境にも慣れてきた。
すると、私も自然に話すようになっていた。
しばらく普通に談笑していたのだが、途中から彼の様子がおかしいことに気づいた。
呂律が回らなくなってきたのだ。
ふと彼の手元を見てみると、ワインが置いてある。
大して量は減ってないように見えるけど・・・
まさか、酔っぱらってる?
「さぁ、そろそろ帰ろっかぁ?」
そう言って立とうとしたが、ふらついてまた座ってしまった。
間違いない。
完全に酔っている。
様子を見ていたウェイターさんが近くにやってきて言った。
「タクシー、呼びしましょうか?」
「はい・・・お願いします。あ、でも私、彼の家どこだか知らないんだ・・・」
困惑した私の言葉に中年のウェイターさんがすぐさま反応し、住所らしきもの
が書いてある小さな紙を取り出した。
「こちらが神崎様のご住所でございます」
私は驚いた。
まるで、こうなることを予期していたような行動だ。
「もしかして、よくあるんですか?」
「神崎様はお酒がお弱いらしいので、普段はあまりお飲みになられないのですが・・・」
つまり、たまにこういうことがあるのか。
彼の方を見ると、彼は耳まで赤くし、俯いていた。
こりゃ、だめだ。
「そうだ、お会計。えっと、おいくらでしょうか?」
私は恐々と聞いてみた。
すると、私の焦りを見透かしたように、中年のウェイターさんは笑って答えた。
「後ほど神崎様にご請求させて頂きます」
よかった。
私の今の所持金じゃ絶対払えなかっただろう。
私はほっと胸を撫で下ろした。
タクシーはすぐに到着した。
そこにウェイターさんが、千鳥足の圭介さんを支えつつ、乗っけてくれた。
私もその後に乗り、ウェイターさんにお礼を言って、ドアを閉めた。
そして、運転手さんに向き直り、私は先程もらった小さい紙を手渡した。
「ここまでお願いします」
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