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「このショートケーキおいしい!」
「でしょ〜?私のお気に入りの店で買ってきたのよ」
花蓮さんが出してくれたケーキを頬張りながら私たちは楽しくおしゃべりをしていた。
圭介さんが焦っていたのはこのおいしいケーキを食べれなくなるのが嫌だったから?
見た目に似合わず甘党なんだ。
私は彼の意外な一面を知った。

私の先の悪寒はもうどっかに行ってしまっていた。
風邪気味でちょっと寒気がしただけなのかもしれない。

「あ、一美ちゃん。クリームついてるわよ?」
「ほへ、どこですか?」
指摘されてもどこだか分からず、そう言うと、彼女の手が伸びてきた。
細くて長い綺麗な指が私の頬に触れる。
その指はそのまま彼女の口元へと運ばれた。
「ふふ・・・取れたわよ?」
「・・・!」
思わず、彼女の行為にドキドキしてしまった。
私はわざともう一回、クリームを頬につけてしまおうかと考えていた。

バタン・・・!

その時、玄関から大きな音が聞こえた。
「あら、圭介かしら?」
「圭介さん?でも、電話してから15分しか経っていないですよ?」
「電話してから車かっ飛ばして来たんじゃない?」
そんなにもケーキに執着心があるのか?
自分で買いに行けそうな気もするけど。

そこで、リビングのドアが勢いよく開いた。
「花蓮!早まるな!!」
息を切らしながら、入ってきた早々、彼はそう言った。
「何よ、それ?まるで私が犯罪でも犯しそうになったみたいじゃない」
彼とは対照的に花蓮さんはケーキを食べながら、冷静に返した。
彼というのは先ほどから話している圭介さんのことである。
電話してから本当に急いで来たらしい。
髪や衣服が少し乱れ、息も荒い。
そんな圭介さんはスーツ姿であった。
格好いいなぁ・・・
思わず、見とれてしまう。
細身のスーツせいか、長い腕や足がより際立って見えた。

彼の視線が彼を観察していた私の方へと移された。
「お、お久しぶりです」
凝視してくる彼にうろたえつつも、とりあえず挨拶をした。
しかし、彼は私の言葉に何も答えず、大股で近づいてきた。
え?
な、なに?
ケーキ食べちゃったから、怒ってるとか?
「ケ、ケーキならまだ一個残ってますよ?」
彼の勢いに押され、とっさにそう言った。
しかし、私のその言葉など聞こえていないかのように、彼は私に手を伸ばしてきた。
そして、両手で私の両頬を撫でるように包み込んできたのだ。
その動作に花蓮さんのときとはまた違う胸の鼓動を感じた。
「え?え?」
あのー、顔近いんですけど・・・?
綺麗な顔がドアップ。
彼と私の間は10cmくらいしかない。
ふいに結婚式でキスされたのを思い出してしまった。

「無事?」
彼は至極心配そうな顔でそう尋ねてきた。
「へ?あ、はい。(ケーキなら)無事ですけど?」
私の言葉に彼はほっとしたように顔を緩めた。
こんなにケーキに一生懸命になる人、はじめて見たよ。
でも、これで解放される。
そう、問題はここで解決したはずだった。
しかし、彼は私の顔に置いた手を退けようとしない。
それどころか私を真っ直ぐ見ている。
「あの?」
私が声を掛けると同時に彼は私の肩に手を回してきた。
そして、そのまま彼に抱きしめられてしまった。
「わっ、ちょっと、圭介さん!?」
花蓮さんが目の前にいるのに!
また、酔っているとか!?
パニックを起こす私などお構いなしに、耳元で彼は小さな声で呟いた。
「会いたかった」
その言葉に私は思わず、赤面した。

ちょっ・・・それ、どういう意味でしょうか??


スコーン・・・!

彼の言葉に混乱していると、小気味いい音が広いリビングに鳴り渡った。
いつの間にか、私の肩にあった圭介さんの手は彼の頭に添えられていた。
何かが圭介さんの頭にぶつかったらしい。
直後、ぼてっと何か落ちる音がした。
その音の方向を見ると、花柄のスリッパが1つ。
花蓮さんが履いていたものだ。
「かーれーんー!」
若干、涙目になっている圭介さんが花蓮さんを睨み付けた。
「あら、やだ。圭介だったの?一美ちゃんが困ってるから大きなゴキブリ、退治して
 あげなくっちゃって思ったら、あなただったのね。ほら、ゴキブリ退治といったらス
 リッパでしょ?」
「意味が分からん!てか、思いっきし確信犯だろ!」
「要するに変な虫を駆除したかったのよ。いきなり抱きついたら一美ちゃん困っちゃ
 うでしょう?」
「誰が変な虫だ!感動の再会なんだから抱きつくのは当たり前だろう!」
「感動してるのはあんただけよ!だいたい、まだ1,2回しか会ってないのに抱きつ
 くのは犯罪よ!」
あれ?
でも、私お会いしたその日に花蓮さんにも抱きつかれたような?
女同士だからいいのか?

2人の言い争いはまだ続いていた。
ケンカするほど仲が良いってことなのかな。
私は2人の痴話喧嘩を大人しく見守っていた。
もしかして、私お邪魔なのかな。
そうだ、この部屋は2人の愛の巣だもの。
私は2人がケンカしている中、冷静に状況を把握した。
あまり長居はしないほうが良いだろう。
気を使わなければ。
「あの、私用事があるので・・・」
「帰っちゃうの!?」
今まで言い争いをしていた2人がぴたりとケンカをやめ、声を合わせて私の言葉に
反応した。
「は、はい」
綺麗な顔がすごい形相で見てくるので、無意識に声を小さくして答えていた。
「ちょっと、あんたのせいで一美ちゃんと話す時間が減ったじゃない。あんた責任もっ
 て一美ちゃん送りなさいよね。花蓮様の命令よ」
「なんでお前に命令されなくちゃいけないんだよ」
そこから、また痴話喧嘩が勃発。
私のせいなんだろうか。
「あの・・・まだ薄暗いくらいですし、一人で帰れますから・・・」
おずおずと私が申し出ると、2人が信じられないと言わんばかりに私を見てきた。
「何言ってるの、一美ちゃん。こういうのは使えるときに使っとかなきゃ」
「そう、そう・・・って、お前なぁ」
「なに、じゃあ行かないって言うの?」
妙な間が空いた。

「行くに決まってるだろ」

結局、私は圭介さんに送ってもらうことになったらしい。
 








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