15



次の瞬間、私は思い切り彼を突き飛ばした。
といっても、所詮車の中。
たいして離れたわけではなかったが。
突き飛ばされた彼は驚いた顔で私を見ていた。
「ま、ま、ま・・・」
「ま?」
「また、酔ってるんですか!?」
私は圭介さんという危険人物から少しでも離れようと、できるだけ触らないように
していた車の内壁にべったりとくっつきながらそう言った。

彼の突然の行為に私はまた酔っているのだと解釈したのだ。
だが、私の言葉に対し、彼は真剣な顔を緩めることはなかった。
「酔ってない」
はっきりとした口調でそう答える彼は本当に酔っているわけではなさそうだ。
「じゃあ、なんで・・・」
戸惑う私に彼は至極当然といわんばかりの顔で言った。
「一美とキスがしたかったから」
「は?」
やっぱり酔っているのかこの人は。
私はこめかみに手をあて、首を傾げた。
とりあえず、冷静になって話を進めなくては。
まずは・・・
「胸が痛いのはどうしたんですか?」
「嘘に決まってる」
いつ決まったんですか?
私は心の中で、そう呟きつつも平静な態度を保ち、続けた。
「じゃあ、騙したってことですか?」
「確実にキスするにはあの方法しかなかったんだ・・・」
なんで、あの方法だけ?
キスしないという選択肢は!?
思わず大声を出してしまいそうになった。
・・・平常心、平常心。
自己暗示のように自分に言い聞かせて、彼に再度問いかけた。
「いきなりキスされる私の気持ちなんてどうでもよかったと?」
「いや。綺麗な人が好きだって言っていたし、双方同意と見てよろしいかなと」
「よろしくないです!なんですかその勝手な解釈は!確かに綺麗な人は好きです
 けど・・・って、あの方法は同意が得られていたら必要ないでしょう!?」
私は最終的に大きな声を出していた。

すると、彼は急に黙り込んで、詰め寄ってきた。
そして静かに言った。
「俺のこと嫌い?」
「え?」
狭い車内では後ろに下がれない。
いつの間にか私の両腕は彼に捕まっていた。
「そ、それは・・・」
嫌いではないです。
むしろそのお顔は写真を撮って部屋に飾りたいくらい好きです。
ん?なんか話の論点が気がする。
なんで、今そんなこと聞くのか。

「俺は一美が好きだ」

彼の言った言葉に、私は目を見開いた。
「結婚式の日から、1日たりとも一美を考えなかった日はない。一美に似合う服って
 なんだろう・・・って思い始めたら止まらなくなって、その服も作った。本当に会いた
 かったんだ」
彼はその美しい顔を歪め、訴えるように言った。
私は生まれて初めて言われる言葉に頭が真っ白。
彼は何も答えず呆然とする私に、また顔を近づけてきた。
思わず彼の真っ直ぐな目に吸い込まれそうに・・・

・・・ちょっと待った。
そこで私の中にある微かな理性が発動。
大切なことを思い出した。
彼には花蓮さんがいるのだ。
このままでは歴とした浮気相手になってしまう。
というか、会うの2回目なのに好きだというのはちょっとおかしくないか?
だいたいこんな綺麗な人が私を選ぶはずがない。
きっと圭介さんは私のことをからかって面白がっているのだ。
でも、たとえ遊びであっても彼女の花蓮さんはどう思うだろうか。
花蓮さんを悲しませるようなことはあってはならない。
それをしようとする圭介さんなんて・・・

「・・・い・・・」
「え?」
「圭介さんなんてだいっきらいです!」
私がはっきり言って睨むと、彼はひどく驚いたようで、私の腕を掴んでいた手を緩めた。
私はその隙に彼の手を振り払い、車外へと飛び出した。
そして、家に向かって一目散に走った。

家のドアを勢いよく開けて中に入ると、玄関に座り込んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
たいして走ったわけではないが、鼓動が早い。
しだいに落ち着いてくると、自己嫌悪に陥った。
相手が綺麗な人であったからといって、一度でも気を許そうとした自分が情けない。
「私のばかーーー」
私はそう叫びつつ、頭を抱えて首を振った。

その様子を兄・一斗が見ていた。
「・・・大丈夫か?」

・・・ダメそうです。
 








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