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「一美!沢田!飯行こうぜ」
可愛らしい声が聞こえる。
今日もヒロと一緒にお昼かぁ。
うふふ、嬉しいな。
「・・・何だこれ?病人か?」
「いえ、もうすでに死体よ」
ああ、今日もクールだね、ゆっちゃん。

午前の授業が終わり、もうお昼の時間である。
私は机の上に頬をつけ、ぐったりとしていた。
「もう・・・花蓮さんにどう顔向けをしたらいいのか・・・」
どんよりとしたオーラを纏いつつ、ぽつりとそう呟いて、横を向いていた顔を
下に向けた。
「は?花蓮さん?」
「どうやら、昨日花蓮さんという美女に会いに行って、なにかあったらしいの
 よ。もう今朝からこんな感じ」
「なんだぁ、もしかしてその花蓮さんがすっごいタイプで、コクったけどふられ
 ちゃったとか?それで会いづらくなったと」
会いづらくなったという言葉に反応し、じんわりと涙が出てきた。
それを見て、ヒロはぎょっとした顔になった。
「え?ちょっ・・・マジで?」
「あーあ、ヒロ泣かせたー」
ゆっちゃんが意地悪く言うと、ヒロはさらに焦り始めた。
「わ、悪い。まさかお前の美形好きがそこまでとは・・・。今日、昼、奢るから。
 な?元気出せ」
必死に慰めるヒロがなんかすごく可愛く思えてきた。
冷静にいきなりキスする誰かさんよりずっといい。
「ヒロ・・・」
「お、おう」
びくびくする彼に私はがばっと抱きついた。
「おいっ・・・!」
「お主はなんで私の弟じゃないのだっ」
「知るか!お前の弟なんてなりたくもないわ。てか、お前落ち込んでたんじゃ
 ねぇのかよ!」
「こんな可愛い物前に落ち込んでなんかいられるわけないでしょ!?」
「お前の頭の中は、綺麗な物と可愛い物しかないのか!?」
「あながち間違ってはないわね」
2人の様子を見ていたゆっちゃんが冷静に言った。

ヒロとゆっちゃんのおかげでなんか元気が出てきた。
我ながら立ち直りが早い。
もう、昨日のことは忘れよう。
今後一切、圭介さんに会わないようにすればいいのだ。
うん。問題解決!
「よーし、今日は一番高いもの食べるぞー」
「なっ・・・お前、奢ってもらうなら遠慮するだろ、普通!」
「ヒロ、私も一番高いやつね。あのステーキ定食、一度食べてみたかったのよ」
「ステーキ定食か。俺も食ったことねぇ・・・って何で沢田も便乗しようとしてんだよ!」
ぎゃあぎゃあ言いながらも、3人仲良く食堂へと向かった。
そして、3人そろって初ステーキ定食。
結局、ヒロはゆっちゃんの分も払ってくれた。
口は悪いけど、意外と紳士なのだ。

「で、一美。今日は空いてんの?」
「うん。空いてるよー。遊び行く?」
軽く言うと、ヒロは訝しげに言った。
「昨日みたいなドタキャンはねぇだろうな」
「ないない。どこ行く?あ、ゆっちゃんも」
私がそう言うと、ゆっちゃんはちらりとヒロを見てから言った。
「今日も用事あるの。ごめんね」
「そうなの?ゆっちゃん、最近忙しいんだね」
「まぁね・・・誰かさんのせいで忙しいみたいなのよ」
誰かさん?忙しいみたい?
ゆっちゃん彼氏でもできたのかな?
「あー、そうだゲーセン!久しぶりにゲーセン行こうぜ」
ヒロが慌てたように、わざとらしく大きな声で言った。
そんなに大きな声じゃなくても聞こえるのに。
「いいね、ゲーセン。勝負しよ!」
「おう!手加減しねぇぞ!」
ヒロの様子がちょっとおかしいと思いながらも、私は彼の話に乗った。
「ゲーセンで勝負って・・・あんたたちいくつよ?」
横でゆっちゃんが大きなため息をついた。

食堂を出ると私の携帯が鳴った。
「あ、ゆっちゃん。ヒロ。ちょっと待って」
私は2人に声を掛けてから、鞄の中にある携帯を取り出した。
このタイミングは昨日と同じだ。
まさか・・・
「・・・いや、そんなまさかね!」
私はそう言って、携帯を開いた。
そこには"花蓮さん"という文字が・・・・・・うそん!?
目を擦ってもその文字は変わらない。
残念ながら、私にはその電話を無視することはできなかった。
「もしもし・・・」
私はおそるおそる電話に出た。
『一美ちゃん?私、花蓮よー。今日も来れないかしら?ほら、昨日お父様のお洋服
 返すの忘れちゃったから』
・・・あっ!
すっかり忘れていた。
お父さんの礼服をもらいに行ったのに、その目的を忘れるとは。
「今から行き・・・」
ます。と言うつもりだった。
しかし、そこで鋭い視線を感じた。
振り向くと、ヒロがこっちを睨んでいた。
まさかまたドタキャンじゃないだろうな・・・という目で。
そういえば先ほど、ドタキャンはないと言ったばかりであった。
「すいません。今日、約束があって・・・」
『あら、そうなの?残念。じゃあ、圭介に今日は中止って伝えてくれない?大学まで
 迎えに行ったのよ』
「はい。分かりまし・・・た?・・・・・・え、ええーーー!?」
お、落ち着け。
深呼吸、深呼吸。
ここは大学、私は美形好き。
そして、今花蓮さんが言ったことは・・・
「圭介さんが来るってことですか!?」
『そうそう。今日も一美ちゃん呼ぼうかなって言ったら、迎えに行くって聞かなくてね。
 大学の場所教えたの。なんか昨日帰ってきてから様子が変なのよねぇ』
様子が変なのはもしや私のせいなのだろうか?
あれ?でも、なんで私の大学の場所を?
「私、花蓮さんに大学の話しましたっけ?」
『さぁ・・・どうだったかしらね。きっとしたんじゃないかしら、ふふふ』
「・・・」
花蓮さん?
『じゃあ、そういうことだから。伝言よろしくね』
「え、あ・・・」
私が何か言う前に花蓮さんは電話を切ってしまった。

「どうしたの?」
電話が終わり、呆然とする私にゆっちゃんが声を掛けた。
「うん・・・なんか圭介さんが来るらしくて」
「圭介さんが?なんで?」
「うーん、なんでだろう」
「・・・分からないの?」

ちょうどその時、門の方角から2人の女性が歩いてきた。
「あの男の人すっごく綺麗だったねぇ」
「ほんと。モデルとかかな?あー、こっそり写メ撮ってくればよかったかも」
その2人組はそう言いながら、私たちの前を通り過ぎていった。
彼女たちの背中を見ながら、ゆっちゃんが口を開いた。
「もう来てるみたいよ」
「・・・」

圭介さんに会わないようにしようと決意してから、まだ1時間も経っていなかった。
 








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