18



「その手を離してもらおうか」
「お前の方こそ離せよ」
「どっちも離して下さい!」
私は2人の人間に手を引っ張られ、悲鳴を上げていた。

えー、右手をご覧ください。
可愛らしいヒロ君の手でございます。
えー、左手をご覧ください。
美しい圭介氏の手でございます。
まさしく両手に花・・・でも、今の私にとってはあまり嬉しくない。

「嘘だということは分かっている。そろそろ素直になったらどうなんだ?」
「証拠はあんのかよ。そんなのお前の推測にすぎないだろ」
さながら刑事と容疑者のような会話だ。
「ちょっとお2人さん、一美が困ってるわよ。しかも、2人が引っ張るから一美の手、
 赤くなってるじゃない」
ゆっちゃんがそう言うと、2人は私の赤くなっている手を確認し、手を離した。
この時ばかりはゆっちゃんが女神に見えた。
「悪い、一美、大丈夫か?」
ばつが悪そうな顔でヒロが謝ってきた。
「あ、うん。大したことな・・・いっ!」
解放されてほっとしていた私はすっかり気を抜いていた。
誰かの手が腰に回されたかと思ったら、次の瞬間、私の足は宙に浮いていた。
「ちょっ・・・!」
どうやら私は圭介さんに担がれているらしい。
この細い体にどこにそんな力を秘めているのか。
彼は私を担いだまま、すぐ近くに止めていた自分の車まで歩き、助手席のドアを開
いた。
そして、私をゆっくりと下ろすとドアを閉め、自らも運転席に乗り込んだ。
あまりにも素早い動きにみな唖然としていた。
最初に声を出したのはヒロ。
「おい!何勝手に連れて行こうとしてんだよ!」
彼の声で私は我に帰った。
このままでは拉致されてしまう。
急いで、出ようとドアに手を掛けた。
が、開かない。
「何で、ロック!?」
「しないと、逃げるだろ」
彼は何食わぬ顔でそう言った。
「当たり前です!」
私のその言葉は無視して、彼は窓を少し開けて言った。
「少年、まんまと騙されたな。一美はいただいた」
ええ!?一気に悪役!?
圭介さんってこんな人だったけ?
彼の言葉を受け、ヒロは悔しそうな顔をしていた。
「くっ、騙された・・・お前が本物の犯人だったとは・・・」
「いや、だから乗るなって」
ヒロの頭を軽く叩いて、ゆっちゃんが言った。
圭介さんは言いたいことは言えたのか、窓も閉めてしまった。
そして、エンジンをかけると、アクセルを踏んだ。
「えっ、ええっ!?」
もはや強引って言葉じゃ片付けられないぞ、この人。
私はバックミラーで、親友2人の姿が小さくなっていくのを泣きそうな顔で見ていた。
残されたゆっちゃんが遠い目をして呟いた。
「警察に連絡したほうがいいのかしらね・・・」

                              ×××××

「あら、一美ちゃん?約束があったんじゃなかったの?」
花蓮さんが玄関に佇む私に向かって驚いたように言った。
「あったんですけど・・・」
「俺が迅速に一美を助手席に乗せ、出れないようロックをかけ、ここまで連れて来た」
「何、平然と犯罪犯してんのよ」
花蓮さんはためらわずに、圭介さんの頭を叩いた。
「何すんだ。お前だってこれくらいのことするだろ」
「あんたと一緒にしないで」
うんうん、こんなことするのは圭介さんぐらいだよ。
「私ならもっと上手くやるわよ」
あれ?
「そうか」
・・・どうやら話がまとまったらしい。
「ごめんね、一美ちゃん。今から戻れば、約束間に合うかしら」
「あのチビのところに戻るのか?」
私が答える前に、圭介さんが尋ねてきた。
チビ?ヒロのことかな?
確かに圭介さんよりも小さいけど、そこまででもないとは思うけどなぁ。
「あのチビ?ずいぶん悪意のこもった言い方ね。もしかして一美ちゃんの彼氏?」
どうしよ・・・花蓮さんにも嘘ついた方がいいのかな?
うーん、ちょっと罪悪感があるけど。
私は悩みつつも、小さく頷いた。
それを見て、花蓮さんがふっと笑った。
「ふーん。だから連れて来ちゃったと?大人げないわねぇ」
意味深な目を圭介さんの方へ向けた。
それを受けて、圭介さんがぷいっと目線を逸らした。
私は訳が分からず、首を傾げた。
不思議そうな顔をする私に花蓮さんが問いかけた。
「約束ってデートだったの?」
「はい」
確かそういうことになっていたはず。
「そう。もうここまで来ちゃったし、どう?彼氏は今度にして、お茶でも飲んで行か
 ない?」
今から戻るのも微妙か。
何より花蓮さんからのお誘いだし。
「じゃあ、ちょっと電話します」
私はヒロの携帯に電話をかけた。

『無事なのか?』
本当はすごくやさしいヒロは第一声にそう言ってくれた。
「うん、心配かけてごめんね。また今度遊び行こ?」
『はぁ・・・分かった、また今度な。じゃあな、気をつけろよ』
「うん。ありがとう」
そこで、電話を切った。
今度は私がヒロの好きなオムライス奢ってあげなくては。

「彼氏怒ってなかった?」
電話が終わると、紅茶を運んできた花蓮さんが話しかけてきた。
「いえ、また今度なって」
「あら、一美ちゃんの彼氏って心が広いのね。誰かさんとは大違いだわぁ」
「花蓮、まさか俺のことを言ってるんじゃないだろうな」
「あんた自覚ないの?」
花蓮さんは呆れ顔で圭介さんを見た。

「まぁ、ゆっくりしていって。帰りはこいつに送らせるから」
「はい・・・えっ?」
こいつって・・・
「圭介、頼んだわよ」
「・・・ああ」

私はヒロのもとに戻らなかったことをその時、後悔した。
 








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