19



「ホント、1人で帰れますから。いえ、1人で帰らして下さい!」
私は必死の形相で圭介さんに送ってもらうことを拒否した。

楽しいお茶の時間が終わり、ついに勝負のときがやってきた。
昨日の出来事を知らない花蓮さんは不思議そうな顔で尋ねてきた。
「なんで?昨日は送らせてくれたじゃない。そんなに圭介が嫌なの?」
「えーと、そういうわけでは・・・」
その通りです。
「もしかして、昨日圭介に何かされたとか?」
「い、いえ」
その通りです。
どちらの質問も的を得ているが、彼女である花蓮さんに素直に白状する
わけにはいかない内容であった。
「そう。ちょっと圭介と話をしてくるわね」
「え?」
花蓮さんは私にそう声を掛け、先ほどからソファーに座り、静かに紅茶を
飲んでいる圭介さんの腕を引っ張った。
「何?」
「いいから、ちょっと」
すると、2人は部屋の隅まで行き、何か話をし始めた。
何の会議だろう?
部屋はとても広いので、小さな声で話す2人の声は私には聞こえない。
ふと私はいいことに気がついた。
この隙にこっそり、ここを脱出すれば・・・
「一美ちゃん、少し待っててね」
私が立ち上がろうとした瞬間、花蓮さんに笑顔で声を掛けられた。
「はい」
私はやや引きつった笑顔で返事をした。
ここから花蓮さんの許可なしに出ることは不可能なのだと、その時悟った。

「で、圭介、昨日一美ちゃんに何したの?」
「俺は別に何も・・・」
「私をなめてるの?正直に言わないと、あんたのこれまでの人生における、
 ありとあらゆる失態を一美ちゃんに話すだけでなく、社内の掲示板に貼り
 付けるわよ」
「・・・」


ゴッ
ガンッ


しばらくすると、鈍い音と何かが壁にぶつかる大きな音が聞こえた。
私は驚いて、2人がいる方向を見た。
そこには、壁に打ち付けられたと思われる圭介さんがあごを押さえて座り
込んでいた。
その正面には握りこぶしを天井に向け、立っている花蓮さん。
花蓮さんのアッパーが圭介さんに直撃という図・・・?
いや、きっと圭介さんがすべって、それを助けようとした花蓮さんが圭介さ
んを掴み損ねたという図だ!
私はなんとなく、そうであってほしいと思った。
「一美ちゃん?」
こぶしを静かに下ろした、花蓮さんがこちらを向いた。
「は、はい!」
すいません、ちょっと無理のある推測でした。
「これで圭介が一美ちゃんに何かしたりすることないから」
「え?」
「送らせてくれるわよね?」
花蓮さんはにっこりと微笑みながら私に聞いた。
圭介さんとどんな話をしたのだろうか。
さすがに昨日の話を花蓮さんにしたってことはないだろうけど・・・
話の内容は兎も角、ここは断るべきところである。

しかし、花蓮さんの美しい笑顔が今日はとてつもなく怖かった。
「はい・・・」
いつも以上に迫力ある美女の笑顔を前にして、私は首を横に振ることがで
きなかった。

                              ×××××

車内において、圭介さんは始終無言であった。
私も話しかける勇気はなく、大人しく外を見ていた。

彼は昨日と同じく、公園の駐車場に車を止めてくれた。
「あの・・・ありがとうございました」
「・・・ああ」
彼は私とは目を合わせず、前を向いて返事だけした。
昨日とは全く違う彼の様子を私は怪訝に思った。
花蓮さんのおかげなのかな?
おそらくこの様子なら、もう私をからかう事はないだろう。
私はほっとしてドアに手を掛けた。
が、また動かない。
圭介さんに腕が掴まれている。
ど、どうしよ・・・昨日と同じ状態・・・・!?
腕を掴まれ、私は激しく動揺し始めた。
「あ、ごめん」
私の焦った表情を見ると、彼はすぐに手を離した。
そして、何か考え始めた。
私は彼の行動が理解できず、その場で彼の次の言葉を待った。
しばらくして、彼が私と目を合わせた。
「次の日曜、空いてる?」
「は?」
次の日曜日?
空いてますけど?
なんで、それを聞くのだろう。
まさかまた私で遊ぼうというのでは・・・。
「花蓮の誕生日なんだ」
「え?」
「何をあげたらいいか迷ってる。プレゼントは、男の俺が選ぶよりも一美が
 選んだほうがいいだろう?だから次の日曜日、買い物に付き合ってほし
 んだ」
彼は真剣な眼差しでそう頼み込んできた。
「会社でセンスのいい女の子に頼んだほうがいいんじゃないですか?」
フィアンの会社になら、センスのいい人がたくさんいるだろう。
それに今はできるだけ圭介さんに関わりたくないのだ。
私がそう思い、突き放すように言うと、彼は苦笑いして言った。
「寄ってくる女は苦手だって言っただろ?」
あ・・・結婚式で言っていたことだ。
「酔ってても結構覚えてるんですね・・・」
「俺は酔っても記憶は残っているタイプなんだ」
それはいいのか?
つまり、自分の失態も覚えているというわけですよね?
「今までしたことは謝る。もう、突然あんなことはしないから、プレゼント選び、
 付き合ってもらえないか?」
私は悩み始めた。
圭介さんは本当に反省しているのかな?
もしかして、また演技なんじゃ・・・
でも、花蓮さんの誕生日かぁ。
私も何かプレゼントしたいな。
うーん。
渋る私に圭介さんは説得を続けた。
「もし、俺が何かしそうになったら、携帯電話で花蓮に言ってくれて構わない
 から」
そうか、今のご時世携帯電話という便利グッツがあるのだ。
何かあったら、すぐに花蓮さんに・・・はまずいから、ゆっちゃんあたりに助け
を呼ぼう。

「本当に何もしないんですよね?」
私は再度確認すると、圭介さんは笑顔で頷いた。
「ああ」
 








 

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