20



「遅いなぁ・・・」
私は雲ひとつ無い青い空を見上げながら呟いた。

約束の日曜日、私は駅前のよく待ち合わせ場所として利用されるうさぎ像の前で
時計をちらちらと見ながら、立っていた。
1時にうさぎ像の前で。
あの日、車の中でそう約束をした。
しかし、約束の時間である1時はもう30分も過ぎている。
午前中に仕事があると言っていたから、それが長引いているのかもしれない。
そう思いつつも、私は早く来て欲しいと願っていた。
なぜなら、先ほどから周囲の目線が痛いのだ。

昨晩、何を着ていくかずっと悩んでいた。
ただ誕生日プレゼントを買いに行くだけだから、悩む必要などなかったのだが、ど
うしても考えてしまった。
その結果、もらった白いワンピースを着ていくことに決めたのだ。
こういう機会がないと、もったいなくて一生着られない気がして・・・。

だが、これを選んだことを今後悔していた。
自意識過剰と言われてもいい。
私は見られている。
よほど変なのだろうか。
鏡で見たときは大丈夫だと思ったが、多くの視線を感じ、その自信がなくなっていく。
とりあえず、早く人の多いこの場から離れたかった。
「そこの綺麗なお姉さん、今、暇?」
茶髪でロン毛の見るからに暑苦しい男と、ワックスを髪に塗りたくったと思われる髪の
毛テカテカな男の2人組みが話しかけてきた。
なんだろ?
キャッチセールスか?
「とてつもなく忙しいです」
追っ払おうと、冷たい声でそう言った。
それで引くかと思われたが、まだそこにいた。
「ええ、そんな風には見えないけどな〜」
「俺らと遊ぼうよ」
「友達と待ち合わせしてるんで」
しつこいな、テカテカロン毛。
私は勝手にコンビ名を創作し、心の中で悪態をついた。
「じゃあ、その友達も一緒に!」
「そうすれば、2対2でちょうどいいじゃん」
何が調度良いんだ?
私はいつまでも話しかけてくる男達に、だんだんといらいらしてきた。
こうなったら・・・
ゆっちゃん直伝の最終奥義!

「私、実は男なんだよね」
私はできるだけ低い声で言った。
「「えっ・・・」」
ガンガン話しかけてきていた2人が私の言葉に一歩下がった。
それを追い詰めるかのように私も一歩出る。
そして、ロン毛のあごをとらえ、低い声のまま言った。
「もし、それでも良いっていうなら、とことん相手してあげるわよぉ。うふん」
最後のうふんがこの技の重要なポイントなのだそうだ。
「し、失礼致しました!」
2人は逃げるように去っていった。
その背中を見ながら、にやりと笑う私。
勝った・・・
私は悪徳商法に勝ったのだ・・・ありがとう、ゆっちゃん。

「一美!大丈夫か!」
突然、聞いたことのある声がしたかと思ったら、肩をがっしりと掴まれた。
「あ、圭介さん」
「少し待ってて。ちょっとあの2人とお話してくるから」
現れた圭介さんはそう言うと、あの2人が去っていった方向を見た。
「あの、全然何ともないですから。気にしないでください。それより早く行きましょう。
 時間もったいないですから!」
私は慌てて、引き止めた。
2人の方を見る彼の目がなぜか本気だったのだ。
ちょっとお話、という雰囲気ではない。
「まぁ、一美がそう言うなら」
彼は少し残念そうにしながらも、私の方を向いた。
「じゃあ、行きましょうか。あ、今日は絶対おふざけはなしですよ!」
「分かってる」
私が念を押すように言うと、圭介さんは苦笑いして答えた。
そして、改めて私の格好を見て、嬉しそうに笑った。
「着て来てくれたんだ。ありがとう」
「えっ、ああ、はい。いちばん気に入ってる服だし、着てみようかなと」
お礼を言われると少し照れるな・・・
そう思い、俯き加減で言うと、それを聞いた圭介さんが口を開いた。
「抱きしめていい?」
「圭介さん、『分かってる』と言ってから、さほど経ってないんですけど」
「そうか」
圭介さんは残念そうに肩を落とした。
そして、悲しげな顔をこちらに向けてくる。
私はとっさに顔を背けた。
流されないために、顔を背けることを覚えた。
ゆっちゃんに相談したところ、できるだけ顔を見るなという指令が出されたのだ。

自分の車の方に歩き出した圭介さんが私に問いかけた。
「どこから行こうか?映画館?水族館?それともホテ・・・」
「プレゼント選びのためのお店!!てか、何さりげなく最後にとんでもない候補地、
 言おうとしてんですか!?」
「仕方ない。ジュエリーの店でも行くか・・・ちっ」
「舌打ち!聞こえてますよ!なんで本来の目的地行くのに、残念そう!?」
この調子で本当にちゃんとプレゼントを選べるのだろうか。
私は不安になりながらも、彼が開けてくれた助手席に乗り込んだ。

「ちゃんとジュエリーショップに行くんですよね?」
「たぶん」
「たぶん!?」

そして、車は走り出す。
 







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