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「うーん」
圭介さんの問いかけに私は少し考えてから元気良く答えた。
「もっと花蓮さんを大事にしたら、です!」
「・・・は?花蓮?」
私の答えに圭介さんは訳が分からないといった表情になった。
そんな圭介さんを見た私は語気を強めていった。
「花蓮さんはぁ、きれいだしぃ、やさしいしぃ・・・圭介さんはもっとそんな花蓮
 さんを大切にすべきだということです!」
「いや、どちらかというとあっちの方が俺を大切にすべきかと・・・」
「何か言いましたかぁ?」
「なんでもないデス」
圭介さんは顎に手を置き、悩み始めた。
とても悩んでいる。
そんな無理難題を押し付けたつもりはないのだが、彼は苦しそうな顔を浮か
べていた。

そして、しばらく経つと立ち上がって私をみつめた。
当然、彼の方が背が高いので、私が見上げる形となる。
「分かった・・・その条件を飲もう。できる限り花蓮にやさしくする」
そう言う彼の表情はあたかも苦肉の策をとったと言わんばかり。
そんな辛そうな圭介さんをよそに、私はその言葉を聞いて、ますます機嫌が
よくなった。
「わーい!じゃあ、これで仲良しですね!」
笑みを浮かべて、圭介さんの前に右手を差し出した。
その手を彼の綺麗な手が包む。

「枝里ちゃんの結婚式の時を思い出しますねぇ」
握手する手を見ながら、結婚式の日を思い出し、なんとなく口にした。
そういえば、あの時、勇気を出して手を伸ばしてなければ、こうやって圭介さ
んに送ってもらうなんて出来なかったんだな。
ついこの間の出来事なのにずっと前のことのように思えた。
「あの時は最悪だったな」
「あはは。ケイコさんのことですね」
「でも、あの女装のおかげで、一美と話すことが出来た」
「そうですね。今思えば、結婚式場で新郎の悪口言い合うなんて、すっごいお
 かしかったですよね。はははっ」
「ああ」
手を繋いだまま、2人で声を出して笑った。
しばらく笑い続けた後、圭介さんが私を見つめて、口を開いた。
「俺が女が苦手って話したよな?」
「はい。しましたねー。モテるのも大変ですねぇ」
「言い寄ってくる女って言うのは大抵、俺を飾りとしか見てないからな。話し
 ていても、媚びている態度が目に付く。だから、女と話すのは苦痛で仕方
 なかったんだ。周りにそういう女が多かっただけだったのかもしれないがな」
「枝里ちゃんがいたじゃないですかー」
「ああ、まぁな。でも、枝里以外はほとんど話さなかった。面倒だったし、話が
 弾むわけでもなかったしな」
「ふぅん。そうだったんですかぁ」

それにしても、なんでこんな話になったんだっけ?
まだぼんやりとする頭の中で少し疑問に思った。

「でも、一美と話したときは楽しかったんだよ」
圭介さんが握る手を少し強めた。
「あー。男装してましたからね」
「確かに女って聞いたときは驚いたけど、嫌だとは思わなかった。本当に初め
 てだったんだ・・・女とあんなに話したのは。もっと・・・もっと話したいって思っ
 たのは」
「え・・・」
自然と彼と目があった。
彼の瞳に私の顔が移る。

突然、繋いだ手を引っ張られたと思ったら、気付いたときには彼の腕の中にいた。
そして、ぎゅっと抱きしめられた。

「好きだ・・・」
耳元で彼が囁く。
その低い声が心地よく私の耳に響いた。
彼の胸に押し付けられ、彼のやや早い鼓動が伝わってくる。

暖かい・・・
気持ち良いな・・・

私は無意識に彼の背に手を回していた。
すると、私の身体に回された彼の腕にさらに力が込められるのを感じた。


「付き合ってくれ」
「あ・・・」
私は彼の言葉に口を開きかけた。

そこではっと我に返った。
慌てて圭介さんを突き飛ばす。
しかし、その勢いで後ろへよろめいたのは私のほうだった。
「一美?」
圭介さんが心配そうな顔をして手を伸ばしてきた。

パシッ

とっさに私はその手を払いのけた。
「あ・・・」
私は自らの口を押さえた。
押さえる手が微かに震える。

圭介さんは何て言った?
私は今、何をした?
何を言おうとしていた?

つい先ほどまでの酔いが一気に冷めていく。
ぼんやりしていた頭も急にはっきりとしてくる。

「ご、ごめんなさい・・・っ」
「一美!」
謝罪の言葉だけ言って、私は家へと走った。
圭介さんが大声で呼んでも、振り返ることはできなかった。

玄関に入ると、その場で崩れ落ちた。
頭は罪悪感でいっぱいだった。
まだからかう圭介さんも圭介さんだが、私も人のことは言えない。
流されそうになっていた。
もしかしたら、はい。と言ってしまっていたかもしれない。
花蓮さんがいるのを私は知っているのに・・・。

私は自身の体を抱きしめた。
まだ残る圭介さんのぬくもりを消そうと、強く強く・・・。
しかし、強く自らの腕を握れば握るほど、あの時の彼の鼓動や声がより鮮明に
思い出される気がした。

その様子を兄、一斗が見ていた。
「・・・・・・」
ただ何も言わずに、玄関に座り込む私を部屋まで運んでくれた。
 







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