25



「あそこのゲーセンのUFOキャッチャー絶対詐欺だよな」
「やっぱ、ヒロもそう思う?あれ、取れそうに見えて全然取れないんだよね!」
ゆっちゃんが帰った後、ヒロが話があるということで私たちはもう一杯コーヒーを
頼んだ。

そして、現在。
なぜか近くのゲームセンターのUFOキャッチャーに対する意見交換になっていた。
「こうなったら機械ごと揺らしちゃおっか。どうする?揺らしちまいますか、旦那」
「お前も悪よのぅ・・・って、んなことしたら警報鳴るわ!」
「店員が来る前に逃げちまえばいいんですよぉ」
「なるほど・・・じゃねぇだろ!普通に捕まるから!」
「じゃあ、警察が来る前に・・・」
「もう、いい。ちょっと黙っとけ」
私はくすくす笑いながら、砂糖とミルクたっぷりの熱いコーヒーをすすった。
最初のうちは怒った顔をしていたヒロも結局笑い出し、ブラックコーヒーを飲んだ。

「話ってゲーセンのことだったの?まぁ、確かにゆっちゃんにはよく分からない
 話かぁ・・・」
「え、ああ。まぁな」
返事をするヒロの目がわずかに泳いだ。
どうしたんだろう?
他にも話があるのかな?
「ヒロ、悩みがあるなら言いなよ。なんでも聞くからさ。ね?」
私はできるだけ優しく言った。
すると、ヒロがこちらを少し驚いたように見た。
「ホント他人のことについては鋭いよな」
「なになに?やっぱ悩みがあるの?お姉ちゃんが聞いてあげるから、言ってみ
 なさいな」
ヒロが話しやすいようにと、冗談交じりに私が言うと、彼は小さく笑った。
しかし、その笑顔は少し寂しそうだった。
「お姉ちゃん・・・か」
「え?」
「いや、何でもない」
それ以降、ヒロは口を閉ざしてしまった。
私もどうしていいか分からず、黙っていた。
何か良くないことでも言っちゃったのかな?
カップのふちに口をつけながら、私は不安な面持ちで彼の様子をうかがっていた。

「なぁ、一美」
「はい」
急に呼びかけられて、とっさに大きな声で返事をしてしまった。

「圭介とかいうやつのこと、どう思ってんだ?」

それは予測していなかった質問だった。
そして、あまり聞いて欲しくなかったことでもあった。
「どうって・・・。き、綺麗な人だなって思ってるよ?」
間違ったことは言っていない。
私は意識して笑顔を作った。
しかし、その笑顔が少し引きつっていることは自分では分からなかった。
「そうじゃなくて。好きか嫌いかってことだよ」
彼の口調には明らかに苛立ちが加わっていた。
顔を見ると、彼にしては珍しく、眉間にしわを作っていた。
「や、やだなぁ、ヒロ。そんなこと、どうだっていいじゃない。ほら、可愛い顔が台
 無しだよ」
ヒロの様子がおかしい。
今はそんな彼がどこか怖かった。
いつものヒロに戻そうと、私は彼の眉間に手を伸ばし、しわを指でそっと撫でた。
しかし、戻るどころか、ヒロの顔は苦しそうな表情へと変わった。
「俺にとってはどうだっていいことじゃねぇんだよ」
「・・・ヒロ?」
私は思わず、手を引っ込めた。
「一美。あいつには花蓮さんがいるんだろ」
あいつ・・・。
誰のことだかは分かっている。
ヒロに言われ、なぜか針みたいなものが刺さったかのように胸がチクリと痛んだ。
その痛みの意味を今はまだ、考えたくなかった。

私は小さく、しかしはっきりと、頷いた。
自分にも言い聞かせるように。
「俺はそんなやつにお前を譲る気はねぇからな」
「え?」
「この際だから言っておく。お前、鈍感過ぎるから」
「?」
何かひどいことを私は言われているのだろうか。

でも、なぜだろう。
それ以上言って欲しくない・・・

「お前のことを一番好きなのは俺だ」

え・・・―――?

頭の中で、何かが崩れそうになる。
やだ。
崩れないで。

「ははっ・・・」
私は笑い出した。
「あははっ。もしかして、罰ゲーム?ゆっちゃんにでも言われたの?大変だった
 ね」
そうだ。
これは何かの冗談なのだ。

バンッ

大きな音に私の身体はびくりと反応した。
彼が千円札とともに手のひらをテーブルに打ち付けたのだ。
「本気だよ」
もはや笑うことはできなかった。
動揺と緊張が私の心を支配する。
「だって、今までそんな・・・」
「今まで逃げてたんだよ。言うことで、お前と話せなくなってしまうんじゃな
 いかって。だから、隠してきた。沢田にはバレバレだったみたいだけどな」
そう言うと、彼は自嘲気味に笑った。
ゆっちゃんも知っていた?
今になって、ゆっちゃんが忙しかった理由を考える。

「お前が俺のこと弟ぐらいにしか見てないことは分かってる。でも、少し考え
 てみてくれないか?」
私が何も答えられないでいると、ヒロは静かに立ち上がった。
その動作を私はただ目で追うだけ。
「返事はいつでもいいから」
そう言い残し、彼は店から出て行ってしまった。
テーブルには飲みかけのコーヒーと千円札だけ。

「千円って・・・多すぎるよ、ヒロ」

何かがカラカラと音を立て、崩れ落ちていく。






next back index novel home



inserted by FC2 system