26



「あ、一美。遅かったじゃない。・・・何、その顔?」
「あら、一美ちゃん。顔色悪いわよ」
ゆっちゃんと枝里ちゃんが声をそろえて、現れた私に問いかけた。

私はふらふらとした足取りで、ようやく枝里ちゃんがいる塾へと辿り着いた。
今日、枝里ちゃんは授業がないらしく、受付のすぐ後ろでゆっちゃんとしゃべっていた。

「私・・・」
「ん?」
ぼそりと呟いた私の声が、ゆっちゃんには聞こえなかったようだ。
それに対し、私はわなわなと唇を震わせながら、再び口を開いた。
「私に何があった!?」
「どちらかというと、私達が聞きたいんだけど」
パニックに陥っている私に、ゆっちゃんが冷静に返す。
「とりあえず、お菓子でも食べない?この間、宏さんと熱海に行ってきたの。そのお土産よ」
枝里ちゃんはちょっと照れたように笑って、クッキーを私に渡してくれた。
宏というのは枝里ちゃんの結婚相手でもあるあの塾長のことである。
そう、大好きな枝里ちゃんを奪っていった相手・・・
「くっ、敗北の味がする気がする・・・っ」
「そろそろ認めなさいよ。枝里ちゃんと塾長はラブラブなんだから。だいたい勝ち負けなんて
 ないでしょうが」
「やだわ、ゆうこちゃん、ラブラブだなんて」
枝里ちゃんはゆっちゃんの言葉にそう言いつつも、幸せそうににっこりと笑った。
まあ、枝里ちゃんが幸せならいっか・・・。
場の空気が和み始めたときだった。
しかし、次のゆっちゃんの言葉で私は重要なことを思い出す。

「で、ヒロとはどんな話してきたの?」
興味津々といった様子で、ゆっちゃんが尋ねてきた。
にやにや笑うその顔はどう見ても、面白がっているようにしか見えない。
おそらく彼女には彼が私に何と言ったかぐらい見当はついているのだろう。
ヒロの気持ちもゆっちゃんは知っていたというし。
「ゆっちゃんなら分かるんじゃないの?」
私は少し拗ねたように言った。
すると、彼女は小さく笑った。
「じゃあ、やっと言ったんだ。ヒロは」
やっと・・・?
私は彼女の言葉に引っかかりを感じた。

「ゆっちゃんはいつから知っていたの?」
「ヒロに会ったときからよ」
「はい?」
えーと、預言者ってやつですか?
「だって、あいつ一美のほうばっかり見ていたんだもの。そりゃもう食い入るように。しかも、
 一美が話しかけたら、すごい緊張してるし。こりゃ完全に惚れてるなって思ったわけ」
私を見ていた・・・?
緊張・・・?
「私の行動がおかしかったのと、押しが強かっただけじゃないでしょうか・・・?」
ヒロに初め会ったときを思い出す。
あれは緊張と言うより、若干引いていたように思う。
「・・・確かにその可能性は高いわね。てか、絶対そうだったわ。ごめん、間違えた」
「ちょっ、少しは否定するところじゃないですか!?」
ゆっちゃんは私の反応にふっと笑い、クッキーを一口頬張った。
「でも、その後は分かりやすかったわよ」
「え?」
「あいつを撫でたり、抱きしめたりして振り払われないのはおそらく一美くらいじゃないかしら。
 嫌がっているように見えるけど、ちょっと嬉しそうにも見えたしね。私がやったら絶対逃げるわ。
 つまり、可愛い顔して実はむっつりだったのよ」
「結論が少しずれた方向にいったような・・・」
私の疑問を無視し、ゆっちゃんは続ける。
「それに一生懸命、一美と遊ぼうと頑張っていた。涙ぐましい努力ね。まぁ、場所は色気のない
 ところばかりだったけれど。それから・・・一美、知ってる?」
「ん?」
「私が知っている範囲だけど、ヒロが女の子を下の名前で呼ぶのは一美だけなのよ」
「え・・・」
そうだったっけ?
言われてみると、彼が下の名前で呼ぶ女友達を思い浮かべられない。
そう言えば、ゆっちゃんのことも沢田って呼んでいた・・・。

「ずっと好きだったのよ」

ゆっちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
ずっと・・・
「私、ヒロを傷つけてきたのかな。弟だとか可愛いとか言って、無意識のうちにヒロに嫌な思いを
 させてきちゃったのかな・・・」
自分で言っているうちに、だんだんと自己嫌悪に陥っていく。
「うぅ、なんでこんな女が良かったんだ?ヒロよ」
「世の中にはいろんな人がいるからねぇ」
「ちょっ、少しはフォローするところじゃないですか!?」
今はゆっちゃんが小悪魔に見えた。

「とりあえず、これからのこと考えなさいよ。優柔不断な一美のことだから、まだ返事してないんで
 しょ?告白されたからには、今まで通り仲好し子好しってわけにはいかないんだしね」
今まで通りじゃなくなる・・・?
私にその言葉が重くのしかかる。

「じゃ、私、今日は親と食事に行く予定だから。先に帰るね」
「あ、うん。またね・・・」
すっかり生気を失った私にゆっちゃんは困ったように笑い、私の頭にぽんぽんと軽く手を置いた。
そして、何も言わずに帰ってしまった。

「青春ね」
話をじっと聞いていた枝里ちゃんがぽつりとそう言った。
「あ、そうだ、一美ちゃん」
「はい、何でしょう・・・?」
「圭ちゃんとはどうなったの?」
「・・・」

そのとき、私は少しヤケになっていた。
枝里ちゃんなら誰にも言わないだろうし、大丈夫だろう。
そう判断を下し、私は枝里ちゃんに今まであったことを赤裸々に語り始めた。

あの結婚式の日からの出来事をぽつりぽつりと少しずつ・・・。






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