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「なかなかやるじゃないの。ヒロ」
「お前もよくここまでやったと思うぞ」
互いに強がっている私たちであるが、その顔にはすでに疲労の色がうっすらと浮かんでいた。

すでに、ゲーセンとカラオケをまわり終えていた。
ゲーセンではヒロ。
カラオケでは一美。
それぞれ一勝一敗。
勝負の決着はボーリングへと持ち越されたのだった。

そして、今、まさにその勝負が決まろうとしていた。
次にヒロがストライクならば、ヒロの勝ち。
しかし、一本でも残れば、私の勝利が決定する。
ヒロは完全に追い込まれていた。

「絶対にストライクを出してみせる」
ヒロはいつになく真剣な表情でボールを拭きながら、そう呟いた。
相当気合が入っているのが傍目にも分かる。
「無理でしょー。早く負けを認めちゃえばいいのに。そんなにこの猫耳カチューシャが嫌なの?」
私はほぼ勝利を確信していた。
鞄の中をまさぐり、カチューシャを取り出す。
それを見たヒロの顔が一瞬ひきつった。
「嬉しがるとでも思ったのか」
「え、もしかして、これじゃあ不満?」
「満足なわけないだろ!」
「そっか、せっかく今日のためだけに買ってきたのに・・・」
私がしんみりとした顔を作ると、ヒロは少し慌てた様子で近づいてきた。
「いや、別に、つけないと言ったわけでは・・・」
「でも、安心して!」
「は?」
また鞄の中をまさぐる私をヒロは不思議そうな目で見た。
そして、中から出てくるものを見ると、固まった。
鞄から出された私の手にはヒラヒラの白いレース。
「これはただの猫耳カチューシャじゃないの。このレースをつけることによってウエディング
 バージョンも楽しめる素敵アイテムなんだよ!ね。してみたくなったでしょ!」
これをつけたらかなり可愛いことは予想されるだろう。
鼻血が出たときのために、花粉症の人なみのテッィシュもちゃんと用意してきた。
だって・・・猫耳&ヒラヒラですよ!?
「そんなオプションいらんわ!!」
ヒロはやってられないと言った感じで、ボールの方へさっさと戻っていった。
丹念に拭いた重たいボールをゆっくり持ち上げ、投げる態勢になる。
こちらから彼の表情を見ることはできない。
でも、なぜか今日の彼の背中はいつもよりも大きく見えた。
彼が動き出す。

放たれたボールは真っ直ぐピンへと向かった。
真ん中から綺麗に、そして次々と周りのピンを倒していく。
「あっ・・・」
気づけば、立っているピンはひとつもなくなっていた。


×××

「あ〜〜!悔しい!」
「はははっ、見たか、ヒロ様の実力を」
「うー」
ボウリング場を出ると、もう外は暗くなっていた。
「で、ヒロ様。わたくしめは何をすればよろしいのですか?」
「まぁ、とりあえず、お前の家の前の公園でも行こう」
「?・・・うん」
公園をうさぎ飛びで10周とかかな・・・それは、きついよな・・・。
溜息をつきつつ、一歩先を歩くヒロを見た。
すると、彼は突然立ち止まり、一点を見つめた。
「ヒロ?」
私は急に止まってしまった彼の顔を覗き込んだ。
彼の表情は明らかに険しくなっていた。
驚いて、彼の視線の先をたどった。
何を見て・・・

「あ・・・」

彼が見る方向には道路を挟んだ1件の高級中華料理店。
店先にはちょうど今、食べて出てきたのであろう男女2人。

「圭介さん・・・と、花蓮さん・・・?」

離れていても分かる長身の美男美女。
そう。
あの2人だ。
階段で圭介さんが花蓮さんの手をとり、エスコートしている。
まるで絵画から出てきたような二人のその姿は通行人の目をひきつけていた。
私もまたその光景を食い入るように見ていた。

ふと、花蓮さんがこちらの方を見た。
一瞬、目が合った気がする。
私はどきっとして、すぐさまヒロの手をとった。

「い、行こう。ヒロ」

私は逃げるように、ヒロの手を引き、足早にその場から立ち去った。

ヒロの手を引きながらも、私は2人並ぶ姿が頭から離れなかった。

デート中だったのかな。
花蓮さんは、私に気づいたのかな。
・・・もう、どっちでもいっか。

ただ、分かったことは、街中で見てもやっぱり彼らはお似合いのカップルで・・・
私なんかに入れるスペースなどないってこと・・・


泣きそうになるのを必死でこらえ、私は歩き続けた。
ヒロは何も言わず、私の後を歩いていた。
早歩きだったので、公園に着くのにそんなに時間はかからなかった。

「で、何をすればいいの?何でもどんとこいだよ」
私は先ほどの光景を頭から振り払おうとしていた。
その気持ちを、ヒロに気づかれない様に強気な発言をする。
そんな私にヒロは苦笑を見せた。
「お前は本当に・・・いや、やっぱいいや。何でもいいんだよな?」
「・・・?うん」
言いかけた言葉が気になったが普通に返事をした。

すると、ヒロは一歩踏み出し、私との距離を縮めた。
「え?」

彼の手がゆっくりと私の背中に回されたかと思うと、私の体は彼の体に押し付けられていた。
私は驚きのあまり、鞄を持っていた手を緩めた。
カチューシャの入った鞄がどさりと音を立て、公園の地面へと落ちる。
彼は比較的はっきりとした声で言った。

「最後のチャンスだ・・・俺にしとけよ」






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