31



あの電話から数日後、私はまた2人のマンションに訪れていた。
マンション入口のインターフォンにでたのは花蓮さんで、ドアを開けてくれた。
しかし、部屋のドアを開けて出てきたのは圭介さんだった。

彼が現れた瞬間、ドキリとしたが私はかろうじて笑顔を作った。
「こんにちは」
「えっ、一美?どうして・・・」
花蓮さんから聞かされていなかったのか、彼は驚いた表情を見せた。
固まった彼の後ろから花蓮さんがひょっこり顔を出す。
「いらっしゃい、一美ちゃん。よく来てくれたわね」
私は花蓮さんに手をひかれながら、部屋へとお邪魔した。
3人一緒にリビングへと入る。

「どういうことだ、花蓮」
席について早々圭介さんは花蓮さんを睨みつけるように見た。
「あんたが元気ないからちょっと来てもらったのよ。一美ちゃんも圭介に話がある
 っていうし」
「話・・・?」
部屋に入ってからあまり合わなかった彼の目がこちらを向く。
「はい、ちょっと・・・」
私は花蓮さんの手前、少しそわそわしながら答えた。
「じゃあ、私、部屋にいるから。話済んだら呼んでね」
私の様子に気づいたのだろうか。
花蓮さんはお茶だけ出すとさっさと自分の部屋へと入っていった。

「・・・」

花蓮さんが去り、リビングに気まずい沈黙の時間が流れる。
彼の方をちらりと見ると、彼は下を向いたまま身動きもせずに座っていた。
私はやけに乾く喉を花蓮さんが出してくれたお茶で潤す。
そして、勇気を振り絞り口を開いた。
「あ、あの・・・お体の方は大丈夫なんですか?」
「え?」
私が話しかけると彼は顔をあげた。
「花蓮さんから元気がないって聞いたので・・・」
「ああ・・・別に、体の具合が悪いわけじゃない。気持ちの問題だから。一美は?
 あの彼とはうまくいってるんだろう?」
そう聞く圭介さんの顔はやはり覇気がない。
本当のことを言わなくては。
私は目を瞑って、一気に言葉を放った。
「実はヒロとは付き合ってないんです」
「えっ・・・?わ、別れたのか?」
私が言った言葉に圭介さんは身を乗り出した。
その目がなぜか少し輝いて見える。
「いえ、もともとそういう関係ではなくて、友達なんです。
前に彼氏って言ったのはちょっとした冗談なんですよ」
「じゃあ、昨日一緒にいたのは・・・」
「遊びに行った帰りです。デートとかじゃありません」
「そ、そうか・・・」
私がはっきりと言うと、圭介さんは気が抜けたようにソファーに沈み込んだ。

「それを知ってもらった上で、お話があるんです」
ここからが本題だ。
私は震えそうになる手を抑えつけるためにギュッと握りしめた。
私の真剣な目を見て、圭介さんはその空気を読んだのか、再び体を前へと傾けた。
そして、私が話し出すのをじっと見守る。
「正直言いますと、私、圭介さんがよく分かりません」
「は?」
唐突な言葉に彼はきょとんとする。
「初めて会ったときは女性でしたし」
「それを言うと、一美も男だったような・・・」
私は彼の言葉を無視して続けた。
「出会ったその日に高級そうなお店に連れてかれるし、誘ったくせにお酒飲んで
 フラフラになっちゃうし」
「あれは本当に悪かったと・・・」
「私の気持ちなんて気にすることなく、いきなり抱きしめてきたり、キスしてき
 たりするし!」
「・・・」
もはや何も言えなくなった彼を私はきっと睨みつけた。

「圭介さんには花蓮さんがいるのに・・・なのに、”好きだ”なんて言っちゃう
 し・・・」
目元が徐々に熱くなってくる。
涙が出そうになるとを必死でこらえて、私はやっとのことで声を出した。

「でも好きなんです」
呆気にとられている圭介さんを私は見つめた。
「今・・・何て?」
彼もまた私のことを凝視していた。
「ごめんなさい。花蓮さんがいるのに。でも、会うたびにどんどん圭介さんのこと
 しか考えられない自分がいて・・・。迷惑だとは分かってるんです。でも・・・」
もはや彼と目を合わせていられなくなって私は俯いた。
「圭介さんのことが好きなんです。それだけ言いたくて・・・」
とうとう言ってしまった。
言い終えると同時にずっとにぎりしめていた手を開いた。
よほど力が入っていたのか、掌には爪の跡がくっきりと残っていた。
圭介さんはどう返すのだろうか。
恐る恐る彼の顔に視線を向ける。

すると、彼は首を傾げ、不思議そうな顔をしていた。
・・・なんか、変なこと言ったっけ?
いや、言ったのか。
でも、そんなに訝しげな顔をされるほど・・・?
予想外の反応に私も首を傾げる。

「花蓮、花蓮って、何で花蓮が出てくるんだ?」
「ええ!?」
そこ!?
何でそこが疑問になるんだ!?
「だって圭介さんの恋人じゃないですか!」
私がそう叫ぶと部屋はしん・・・と静まり返った。
「え・・・?」
彼は理解できないと言わんばかりの表情を浮かべる。
「え・・・?」
その時になって初めて、私は何か勘違いをしているのではないかと思った。

「・・・誰が言ったんだ?俺と花蓮が付き合っているなどと・・・」
いつの間にか彼の目が据わっているのに気が付いた。
怒っている・・・。
傍目から見ても分かるくらいに。
「か、花蓮さんが・・・」
怒りのオーラを纏っている彼にたじろぎつつ、私は小声で言った。
その言葉を聞くや否や彼は花蓮さんの部屋へと大股で歩き出した。
 







next back index novel home



inserted by FC2 system