03



「どうぞここ座って下さい」
私は人気の少ない中庭のベンチにハンカチを敷き、ケイコさんに勧めた。
彼女は一言もしゃべらなかったが、私の言うとおりに腰を下ろした。
外見は平静な態度を装ってはいるが、激しく動揺しているようだ。
私の洞察力をなめてはいけない。
「すいませんが、これ着てみてもらえませんか?」
私は自分の上着をケイコさんに差し出した。
その行動が理解できず、ケイコさんは首を傾げたが、しばらくするととりあえず
袖を通してくれた。
「ちょっと失礼しますね」
私はすばやく後ろに回り、上着の裾から手を入れ、ケイコさんが来ているワンピ
ースの背中のファスナーに手を掛けた。
そして、一気に中ほどまで下ろした。
「な、なにすんだ!」
ケイコさんは驚いて立ち上がった。
まぁ、当然の反応だろう。
そして、しまったというように口元に手を置いた。
ケイコさんの出した声は間違いなく男のものだった。
「パットそんなに詰め込んだら、息苦しかったんじゃないですか?」
そう言うと、ケイコさんははっと顔をあげた。
「知って・・・?」
「肌はとってもきれいだけど、角ばった手。ヒールに慣れていないせいか、足は
 靴ずれで痛々しいし。良く見れば男性だって分かりますよ」
ケイコさんは唖然とした表情で私を見た。
「そうだ。靴ずれ。結構ひどくなってますから、座ってて下さい」
私はとりあえず彼を座らせ、持ってきた携帯救急セットを取り出した。

                              ×××××

「荘に騙されたんだ。あいつがとっておきの服を用意したというから、怪しいと
 は思っていたんだが・・・まさかいきなり女装させられるとは思ってもみなかった。
 会場にまで連れてこられたら逃げる気も失せてな」
「ぶっ、グッジョブですね、荘さん!こんな美女に変身させるなんて!」
「他人事だと思って・・・」
不機嫌な顔をしている彼をよそに、私は爆笑していた。

すでに彼の足には数枚の絆創膏が貼られていた。
最初のうちは強張った顔をしていた彼だが、私が傷の手当をしている間に開き直っ
たらしい。
堂々と男の口調で友人の愚痴をこぼしていた。
彼の名前はケイコ・・・ではなく、圭介なのだそうだ。

「あいつ『普通に行くと女に囲まれるだろ?だから2人がカップルだっていうこと
 にしとけば2人とも迫られないじゃん』とか自分勝手なこと言って」
「女の子に囲まれるのが嫌なんですか?贅沢な悩みですね」
私だったら大歓迎なのに。
と心の中で小さく呟いた。
「寄ってくる女って苦手なんだよ。学生の時も女とは遊びの子以外ほとんど話さな
 かったしな」
私とは正反対の学生生活だ。
まぁ、これだけ美形なら同級生の女の子たちが騒ぐのも当然だろう。
もてるのも大変なんだ。
「あれ?じゃあ、枝里ちゃんとはどうやって知り合ったんですか?」
私は少し不思議に思って聞いてみた。
そんな状況下じゃ女の親友なんて作れないだろう。
「あー。枝里は特別。他の女みたいに媚売ったりしなかったし、俺が冷たく接しても
 全然怒らなくて、いっつも笑ってたなぁ。昔も今もお人好しなんだよ、枝里は。
 だから、今でも親友なんだ」
わかるなぁ。
私は思わず、うんうんと大きく頷いた。
それに気を良くしたのか圭介さんはさらに続けた。
「枝里みたいな奴と結婚したら幸せだろうよ。
 でも、枝里はなんであんな男と結婚したんだろうな?」
彼は冗談で言ったのだろう。
しかし、その言葉を聞いた私は真面目な顔で、彼の手を両手で強く握った。
「圭介さん、どうやらあなたとは話が合いそうだ!」
「え?」

その後、私たちは長時間にわたり、枝里ちゃんの良さとその結婚相手との不釣り合いを語
り合った。
 








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