08



寝顔かわいいなぁ。
私は呑気にもそんなことを考えていた。
もういろんなことがありすぎて、何かを深く考えることができなかった。

タクシーに乗った後、すぐに圭介さんは寝てしまった。
その絵画のような寝顔を私はぼんやりと観賞していた。
すると、彼の胸あたりから何か振動する音が聞こえた。
携帯が鳴っているようだ。
なかなか鳴りやまないので、ちょっと失礼して、携帯を開かせてもらった。
そこには"荘"と表示されていた。
荘さんに一応言っといた方がいいかな?
私はまだ鳴り続けている電話に出た。
「もしもし、一美ですけど。荘さん?」
『あれ?やっぱり圭介、つぶれちゃった?』
やっぱりって・・・。
予期していたのなら早めに言ってほしかったよ。
そう思いながらも、私は淡々とした口調で返事をした。
「はい。今、タクシーで圭介さんのお宅に向かっているところなんです」
『ごめんなー。あいつちょっと飲んだだけでもダメなんだよ。 乾杯のワインくらい
 なら大丈夫かと思ったんだけどなぁ。会場出るときも様子おかしかったから電
 話してみたんだ』

乾杯のワインでもうダメ?
ということは、キスのときも酔ってたの?
そういえば、ワインの匂いしてたなぁ。
・・・つまり、キスも食事の誘いも酔った勢いであったと。
こんな綺麗な人が私を誘うのは変だと思ったけど、そういうことだったのか。
私はどうして彼がキスしたのかについてようやく納得がいった。
そっか。
別に誰でもよかったんだ。
納得がいって、すっきりしたはずなのに、私の心はかえってもやもやとしていた。
「そうなんですか・・・」
私の声は自分でびっくりするほど寂しそうな声だった。
疲れてるのかな?
しかし、電話の向こうの荘さんにはそういう声には伝わらなかったらしい。
彼特有の軽い口調で言った。
『まぁ、家の近くに捨てておいてくれればいいから。ホントごめんね』
言いたいことは言い終えたらしく、そのまま電話を切ってしまった。

本当にあの人は圭介さんの友達なのだろうか?
道端にこんな綺麗な人が捨ててあったら、誰かが拾っててしまうではないか。
私だったら絶対持って帰る。

「着きましたよ」
電話を切ると同時に運転手さんに声を掛けられた。
タクシーはいつの間にか止まっていた。
・・・ここが、圭介さんの住んでいるところ?
私の目の前には超高層マンションが立っていた。
駅に近い都内のマンションっていくらくらいなんだろう。
明らかに一般家庭が住むところではない。
私は振り返り彼の顔をまじまじと見た。
彼は相変わらず、すやすやと寝ていた。
その姿を見て、一気に気が抜けてしまった。
とりあえず彼を部屋まで送ろう。
「圭介さん。圭介さん!着きましたよ!」
強く揺さぶると彼はゆっくりと目を開けた。
しかし、まだ目の焦点が微妙に合っていない。
大丈夫かなぁ?
私は運転手さんにお金を払い、ふらつく圭介さんをひっぱり出した。
「よし、じゃあ行きますよ」
そう呼びかけて、今にも倒れそうな彼の腕を自分の肩に回し、背負うような形で
歩き出した。
しかし、彼はもはや全くと言っていいほど歩けないらしく、私にずっしりと寄りか
かってきた。
全然、大丈夫ではなかった。
お、重いっ。
細いとはいえ、自分より大きい人間にほぼ全体重をかけられているのだ。
さすがに高校時代、バスケ部で鍛え、今でも続けている私でも足元がふらつく。
早く運ばないと、私が圭介さんにつぶされてしまう。
「圭介さん!しっかりして下さい。部屋はどこですか?」
「んー・・・320・・・1・・・」
3201?
この建物は32階以上あるってこと?
そんなにあるのか。
って、感心している場合ではなかった。
さっさとその部屋を探そう。
玄関にある数段の階段をやっとのことで上ると、そこにはカードを通すようなとこ
ろがあった。
セキュリティーみたいだ。
「カード。圭介さんここのカードありますか?」
体は動かないが、脳は少し働いているらしい。
私の問いかけを聞いて、のそのそとポケットの中からカード入れのようなものを取
り出した。
私はいったん彼を背に預け、それらしきカード出して通した。
すると、入口の自動ドアが素早く開いた。
正面にエレベータが見える。
たいしたことのない距離も今日に限ってはかなり遠く感じた。
息を切らしながらも、エレベータの中に乗り込んだ。
あまり待たなかったのがせめてもの救いだ。
「32階っと。あれ?最上階?」
階のボタンを見ると、32階より上の階のボタンがない。
普通、最上階って一番値段高いですよねー、あはは。
もう自分の思考回路もダメらしい。

幸いにもエレベータは途中止まることなく、最上階へとたどり着いた。
降りると真正面にその部屋はあった。
よかった。探す手間が省けた。
「圭介さん、部屋の前着きましたよ。鍵ありますか?」
「・・・」
彼は再び眠りについていた。
これはまずい。
「圭介さん!起きてください。圭介さん!」
必死に呼びかけるが返事がない。
なんか泣きたくなってきた。
困り果てていると、彼の部屋のドアが突然開いた。

「圭介?・・・とあなた誰?」
開かれたドアの向こうには一人の美しい女性が立っていた。







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