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「え?圭介からあなたを誘ったの?」
花蓮さんはいかにも意外そうな顔をした。
「あの、深い意味はなくてですね。きっと男装した私が珍しかったんですよ!もう
 誘ったときには酔っていて・・・」
彼女を悲しませてはいけないと私は必死の弁解を始めた。
それを聞く花蓮さんはだんだん、なんとも言えない顔になってきた。
どうしよう、誤解されてる?
「ですから、圭介さんが私を気に入ったからではないです!」
焦った私はそう断言。
すると、彼女は耐え切れなくなったように噴出した。
「あはははっ」
突然のことに私は訳も分からず、お腹を抱えて笑う花蓮さんを呆然として見ていた。
「ふふふ・・・ごめんなさい。あなた外見だけじゃなくて、中身もかわいいのね。圭介
 が誘うのもわかるわぁ」
「ほへ?いや、あの・・・」
「いいのよ。別に怒るつもりはないから。でも、起きたら聞くことがたくさんありそう
 ね。ふふふ。あの圭介がねぇ」
彼女はどこか面白がっているような様子だった。
ここは普通、怒るなり、悲しむなりするところではないのだろうか?
私には彼女の反応が理解できなかった。
でも、少し安心した。
美しい人を泣かせる、という最悪の事態は免れたようだ。
「あ、そろそろ失礼しますね。足の手当て、ありがとうございました。ワンピースは
 クリーニングに出してから、返しにまた来ます」
時計を見ると夜9時を回っていた。
早く帰らないと両親が心配してしまう。
「あら、もう帰っちゃうの?仕方ないわね。服は私のだけど、よかったらもらってち
 ょうだい」
ああ、これは花蓮さんのだったのかぁ。
ん?
なんか今、さらりとすごいことを言わなかった?
「え、ええ!?こんな素敵なワンピースをですか!?」
私は今自分が着ているワンピースを見た。
だって、これ絶対高い。
生地の触り心地も私が普段着ているものと全然違う。
デザインもかわいい。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。それ私がデザインしたのよ」
「デ、デザイナーさんだったんですか?すごい・・・」
「ふふっ、一応フィアンっていう会社の副社長やってるの。ちなみにあの酔っ払いが
 社長よ」
ふぃあん?
聞いたことあるぞ。
確かゆっちゃんの見ていた雑誌に載っていた気がする。
会社は大きくはないが、今人気があるブランドとか、なんとか。
そこの社長と副社長・・・だから、こんなすごいところに住んでいるのか。
「というわけで、服はたくさんあるの。その服、あなたにとっても似合ってるわ。もら
 って着てくれたら嬉しいんだけど?」
そう言われると、だんだん断りづらくなってきた。
うーん、本当にいいのかな?
私はしばらく悩んでいたが、最終的にお言葉に甘えることに。
「では、遠慮なくいただきます。一生大切にします!」
私は精一杯の感謝をこめてお礼を言った。
すると花蓮さんは、いきなり私を抱きしめた。
「本当にかわいいわぁ。んもぉ、妹にほしいくらい!」
む、胸が・・・
私の顔は彼女の豊満な胸に押し付けられた。
鼻血を出さなかった私を誰か褒めてほしい。
初めは驚いたが、私は花蓮さんの腕の中でどきどきしながらも幸せを感じていた。
くっ、今日はなんていい日だ!
「そうだ。あなたの携帯の電話番号教えてもらえる?礼服返さなくちゃいけないから」
「はい。えっと、空いている日を教えてくだされば、私が取りに伺いますけど。お二人
 ともお忙しいだろうし」
どうせ私は授業以外、暇なのだ。
わざわざ忙しい花蓮さんに持ってきてもらうのも気が引ける。
「ほんと?助かるわ。じゃあ、私から連絡するわね」
「はい!」
やった。
これで、また会える!
私は嬉々として電話番号を教えた。

その後、花蓮さんと別れた私は人目もはばからず、満面の笑みでスキップしながら帰った。
家に着いたとき、足に傷があったことを思い出し、私は堪えられない笑みを浮かべながら、
その痛みに悶絶。
その様子を私の兄、一斗が見ていた。
「一美・・・おまえ今、すげぇ怖いぞ」

私が待ち遠しく思う電話が来たのはそれから一週間後のことだった。







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